第2回 教区寺院セミナー アンケート結果
1、「民俗学からみた墓地と供養の変化」を聞いて、どのように感じられましたか?
- お盆と施餓鬼の本来の意味を知ることが出来た。お墓参りの説明の参考になる。
時代時代に変化して文化として残っているが、その文化が変わっていくとき墓地と供養の形も変わるのだと感じた。
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流動的なので不景気に影響するのか明白 悪化する乏しくなるであろう。
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もとのお題とは異なっていたが、とても面白かったです。
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土地や風俗によっての違いがあり今に至るまで色んな変わり方をしていること
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色々なことに納得が出来た。わかりやすい話で大変ありがたい。
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私たち日本人のルーツを知るようで興味深かったです。
2、墓地(遺骨)不要論者についてどう思いますか?
- 形にこだわらず霊と常に共にあるという考えではないか。死体に穢れ意識があると思われる。
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墓地(遺骨)を不要と考える人は、お寺も要らないし先祖の供養もしないという考えになっていくのではないか。
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不要と言う人もいるかもしれないが、全体としてはまだ必要。
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逆にどう思って不要とされているのかが知りたいと思います。
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人それぞれの考えなので仕方ない。
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住居の変更がたび重なる現代ではやむを得ない面あり。
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共同墓地や納骨堂などに集中すると思います。中には遺骨を散骨される人もあると思います。
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なぜ不要で、必要な人にもなぜ必要なのかと聞いてみたいと思う。
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理解もし、話しもしたい。
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「価値観の違い」といわれると正直にべもない、というのが実感です。
3、3、墓地の今後についてどう思いますか?
- 永代墓石から納骨堂(一代限り)などに変わりつつある。
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墓地を必要とする人、墓参りをしたいひとは、将来的にも無くならないと思う。だから限りある境内墓地を大切にして、お寺と檀家さんのつながりを保っていきたい。
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普段からのお参りが、墓地を大切にする心を育てると思う
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墓地は減っていき、納骨堂が増えていくと思います。
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永代供養塔の需要が増えると思います。
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在家はお墓を負担にしか考えない。金銭面を重視する。
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お墓離れの人も出てきているので検討する必要有
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先祖代々の墓はなくなっていくのではないか
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色々出てくる。お寺にあずける方、共同墓地、納骨堂など
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しばらくは変わらないだろうが無縁仏が多くなる気がする
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色んなケースが出てくるから教化面を充実させるべき。
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必要とされている方の為にも守っていかなければ、と思います。
4、「死穢忌避・死への嫌悪感について」遺族は感じていると思いますか?
- 意識があるので火葬をし、お骨を祀ることで供養へと移ったのではないか。墓石を建てることで尊厳を大事にしたい思いがある。
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穢とは思いたくないと感じる
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先日、収骨まで参列した際は、一人、二人感じられている方がおり、びっくりしました。私は感じていないのですが。
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あまり感じられていないと考えられます
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殆ど無いと思う。
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バーチャルの時代なので、あまり死に対する抵抗はないのでは?
5、安楽死・尊厳死について どのように考えられますか?
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安らかに亡くなることを願うなら望ましい。
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過剰な医療延命は、問題があると思う。それを尊厳死という言い方にしてしまうと、何かむずかしくなるのかな。治らない苦しみからのがれたいそれは理解できる。
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病気の状態、環境によっては安楽死も考えてよい場合もあると思う
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個人の選択が基本。どのようにガイドラインとするかが問題
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個人、家族の思い
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本人の考えによる。他人がきめるのはどうかと思う。
6、教区寺院セミナー全般についてご意見をお書き下さい。
- 寺院経営についてのセミナーをお願いしたい。
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レジメのホチキス留の位置が中央すぎて開きにくい。
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スピリチュアルな世界 江原氏、三輪氏のような皆様への警鐘を促すような話をお聞きしたい。また今回の新谷先生のパワーポイント 資料にあったパワースポットと見受けられるお葬式後の法要の話などお聞きしたい。
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貴重な勉強の場になっている。
愛知西教区教化本部
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